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哲学堂公園

東京都中野区 哲学堂公園 (2011/11/05)
[2011/11/06追記]

NHKで放送しているプログラムのうち、"歴史秘話ヒストリア"が大好き。
秘話というだけあって、既知の有名な話はもちろんその話の裏に隠れたエピソードを教えてくれる。
戦国時代ネタが多いと言えば多いかな。
録画して毎週欠かさず観るようにしているけど、先日ちょっと気になるタイトルの回があった。

第86回 颯爽登場!明治ゴーストバスター ~“妖怪博士”井上円了の不思議な世界~

妖怪博士だと?!と予告で気になっていて、いざ本放送観たら予想以上に楽しかった。
哲学者の井上円了が、明治時代の世相に深く影響を及ぼしていた迷信・怪奇現象等に哲学的に切り込み、ずばっと解決しちゃうお話。
文明開化も進んだ折に心も近代化しなくちゃねという人が井上円了だったそうで、この人は東京大学の哲学科を主席で卒業し、後に東洋大学へつながる哲学館を興した人。
その放送の中で知った「哲学堂公園」、春と秋の特定の時期に古建築物公開を行っていると知り、息子を連れて行ってみた。
おお、幟も上がっている、ここだな。
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立て看板にこの公園の概略が記されている。
哲学堂 ここは井上円了(一八五八-一九一九)が、その独特な哲学思想をもとに、全財産を投じてつくった社会教育のための公園です。円了は、ここを"考える人-哲人-"を養成する道場としてつくりました。園内の建造物には、その目的にそった哲学的な名前がつけられています。円了自身はここを精神修養公園と考え、哲学宗の本山・道徳山哲学寺とも呼んだといわれています。これは当時、国民道徳の大本と考えられていた「教育勅語」の精神を普及徹底させるためには、学校教育のほかに社会教育や民間教育をおこす必要があり、また東洋の文明と日本の独立を維持するうえにも、仏教の再興が必要であるという円了の持論にもとづいたものでした。哲学堂は、円了の思想的遺産であり、彼の生きた時代の東洋と日本を物語る文化的遺産です。昭和五十七年二月 中野区教育委員会

井上円了は寺住職の息子なのだそうで、それはお寺家系の血なのか、根底に仏教の影響を強く受けているとも言える。
調べると仏教哲学家と記しているものもあるし。
とにかく面白そうな公園だ。

先程の幟から左に目を向ければ、早速お出迎えしてくれるのが「哲理門」。
DSC03907.jpg

小さいながらもお寺の仁王門風な造りの「哲理門」、仁王様は居ません。
仁王様の代わりに居るのが、、、、これ!




もっと下








結構下ですよまだまだ

















もうそろそろですよ!!!
(ひゅ〜どろどろ系が苦手な人はここでブラウザを閉じましょう)














































ひ〜〜〜っ!で、でっ、、でた〜〜〜〜!やったね!やったねおい!
DSC03910.jpg

てことで幽霊さんがお出迎え。
向かって左側に居ます。
実際にはほぼ真っ暗で殆ど見えません。
息子にiPhoneのライトで照らしてもらいながら撮影。
DSC03909.jpg

じゃ向かって右側には何よ?というと、天狗でござい。
DSC03912.jpg

「哲理門」、別名「妖怪門」と呼ぶらしい。
ただふざけ半分で幽霊や天狗の像を置いているのではなく、この地に「天狗松」や「幽霊梅」という曰く付きの木があり、その意を込めた門だとか。
円了先生によると『物質の世界、精神の世界には根底に「理外の理」という不思議なことがあり、物質の世界の不思議を天狗に、精神の世界の不思議を幽霊で表したものです。』とあり、世の不可思議を端的に示しているらしい。(『』で示す文は、日本体育施設哲学堂公園管理事務所発行の「哲学堂ガイドマップ」からの引用です)
幽霊像が居る門なんて日本色々探してもここだけでは?
おもしろい!

「哲理門」、よく見ると瓦も凝っている。
自身の名に哲の字ある人はこの瓦観ているだけでも気持ちよいかもね。
ちなみにこの門の建立は明治42年。
IMG_5620.jpg

さて門抜けてみたよ。
これで主要施設の半分くらい、決して広くはない。。
DSC03946.jpg

まず目につく「六賢台」、哲学堂公園で一番シンボリックなものかも。
「哲理門」と同じく明治42年建立。
『三層六角形の赤い建物です。日本古代の聖徳太子、中世の菅原道真、中国周代の荘子、インド仏教の龍樹、仏教以外から迦毘羅の六人を東洋の賢人として祀っています。』てことで六角形。
東洋のうち日本支那印度からそれぞれ二人を選んで祀っているんだって。
中は狭いよ〜。
PB050027.jpg

狭い階段登ります。
IMG_5607.jpg

二層目、これ六賢人と何か関係あるのか、、、実際には円了先生のコレクションが写真となって展示されている。
実は創建当初からこのような展示スペースだったとか。
もちろん当時は実物が置いてあったのですが、現在ではこのように写真だけ。
実物は近隣の歴史民族資料館に展示されているとガイドマップに記されている。
DSC03888.jpg
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さあ三層目に上がってみよう!
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三層目はぽっかり何も無くただ狭い空間があるだけ、、、と思ったら天井に居たよ六賢人!
オリジナルの賢人図は別の場所で保管されているため、普通に適当な偽物が置いてあるよ!
凄く狭くて不思議な空間だぜ「六賢台」、おもしろい!
この直ぐ隣に天狗松という大きな大きな松があり、その松を切ろうとすると天狗が飛来して切り倒すに至れなかったとの怪談が伝わっていたという。
円了先生的に捨てておけぬ話なので「六賢台」の屋根には天狗を象った瓦があるそうだけど、見えないわ。。
残念ながら天狗松は昭和8年に枯死したそうな。
DSC03893.jpg
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先程の広場の写真で見て、「六賢台」の斜向いに位置する建物が「宇宙館」。
大正2年に建てられたとのことで、「六賢台」よりは少し新しい。
『哲学は宇宙の心理を探求する学問であることから、哲学上の講話、または、講習会を開催するための講義室です。』
結局のところ哲学教室ということですな。
DSC03918.jpg

んで「宇宙館」、内部に「皇国殿」と呼ばれる一室があり、聖徳太子立像が祀られている。
『哲学は社会国家の原理をも研究する学問であることから、世界万国の中の最も美なる日本を表すために、宇宙館内の一室をこう名付けています。四角の室の中にさらに、傾斜する一室を入れて、宇宙(世界)と日本を表しています。』
建物の前に"宇宙万類中人類為最尊”、"世界万国内皇国為最美"と掲げてあり、和以尊為、皇国とされる日本の基礎を固めた賢人、聖徳太子が居るわけね、なるほどね。
建物のてっぺんにも皇国を示す烏帽子瓦が飾られている。
おもしろい!
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DSC03919.jpg

この「宇宙館」の直ぐ前には幽霊梅。
正確には幽霊梅(跡)とあって、オリジナルは枯れてしまったのかな。
円了先生が駒込に住んでいたころ庭に梅の木があり、近隣からあの梅の木の下に幽霊が出る!と騒がれたことからここに移設したものとか。
意外に気遣いの人だったのかもしれない円了先生、「六賢台」の所にあった天狗松と夫婦にする為に持って来たと言われている。
DSC03924.jpg

さてお次、「四聖堂」。
化粧品メーカと同じ響きですが取り扱うものが違いますよ。
「六賢台」が東洋の賢人代表ゾーンだとすれば、こちらはワールドワイドだよ。
明治37年建立と哲学堂公園の中では一番古い建物。
『哲学堂で最初に建造され、中心となる建物で、四面が正面です。本尊は哲学的思想を表しており、東洋哲学の孔子、インド哲学の釈迦、西洋の古代哲学のソクラテス、近世哲学のカントを奉祀しています。』
元はこの「四聖堂」が哲学堂と呼ばれていたらしい。
心は円形、物は方形と定め、本堂は丸柱を用いて四方形の堂を成すことも深い意図が込められているそうだ。
DSC03935.jpg

「四聖堂」の中央には”南無絶対無限尊”と刻まれた石柱が置かれている。
これがこの「四聖堂」の”本尊”。
ごほんぞんですよ!!!
宗教的偶像を南無るのではなく、哲学者として絶対無限を尊び南無るというわけ。
この本質を説明は私にはもちろん出来ませんよ、難しすぎて。
なので東洋大学学長松尾友矩さんが平成21年3月の東洋大学卒業式スピーチで述べた言葉をお借りすると、【井上円了先生の残されている言葉で、皆さんが在学中に接することのほとんど無かった言葉に、「『南無絶対無限尊』を反復数回唱えれば、自然に絶対の本源より宇宙の大精神が、吾人の心門(心の門と書きますが)のうちに流れ込むに相違ない」と言う教えがあります。この『南無絶対無限尊』の『南無』は南無阿弥陀仏『南無』であり、『絶対無限尊』の『尊』は尊敬の『尊』となっています。この言葉の説明にはかなりの時間を要するので、ここでは省略しますが、人生の進路の選択等において不安になるような時には、心の中で『南無絶対無限尊』と唱えてみると、井上円了先生が皆さんの決断を支援してくれることもあろうかと思います。困ったら試してみてください。
宗教や学問の開祖と言える人の思想を集め、その更に一つ上に南無絶対無限尊が居るということかな、どうかな。
いやー、哲学は難しい。
けれど、、、おもしろい!
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先程の写真にも写っていた通り、釈迦涅槃像が安置されている。
「宇宙館」の聖徳太子像と同じく昭和15年に祀られたもの。
井上円了の息子さんがこの像を作った、、、と何かで読んだ気が、、、、するのですけど、、、、記録が無い。。
普段は非公開の堂内に居る訳で、言ってみればこれも秘仏ですよ。
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更に一歩奥へ目を向けると「絶對(対)城」、言ってみれば図書館。
大正4年建立、当初あった展望台こそ無くなってしまったものの、今もそれ以外の構造が残っている。
『哲学上、対立するもの(相対)がなければ、絶対となることを表しています。この城は帰納場と四聖堂の間にあり、読書堂ですが、万象について推究すれば絶対の本体を想出するように、万物の書物を読み尽くせば、やはり絶対の境地に体達することからも、こう名付けています。』
円了先生が30年掛けて集めた書物、国書漢書仏書をはじめとした書物が数万冊あったらしい。
これらの書物は現在、東洋大学に委託してあって「絶對城」で読書は叶わず。
今では「宇宙館」修復の時に出た古瓦などが展示されている。
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最後に「無尽蔵」、ここは当初から展示室としての役割を担っていたらしく、大正4年建立。
『陳列所として設けられ、井上円了が内外周遊の折の記念物を陳列しています。階上を向上楼、階下を万象庫と名付けています。』
こんな成り立ちの建屋だから今でも展示にうってつけ。
今回も様々なパネルなどの展示物を展示してあり楽しめた。
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とまあこの公園、ガイドブックによれば「哲学堂公園七十七カ所巡り」なんて記されていて、園内の小さなモニュメントまで含めると77の見所がある。
他にも色々見たけれど、今回は古建築公開に沿った内容に限定して記事化しましたよ。
南無絶対無限尊と唱えた円了先生、哲学の神髄を南無尊で表したところにやはり仏教が根底にあるのだなあと感じた。
お寺を巡るようになり、特に喜怒哀楽的に色々考えさせられる経験を多く得た後に訪れたので、とても楽しめたし、やはりとても考えさせられた。

普段はこれらの施設は非公開であるため、もっと気軽に立ち寄れる場であれば、それこそ円了先生も幽霊となって喜んで現れるかも?!


大きな地図で見る
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コメント

Secret

面白いっ!
仏教はよく哲学であると言われますが、
ここまで進んでいたとは!
そして南無絶対無限尊。
もうこの言葉が本尊なのですね。
素晴らしい...
通期公開されていないのは残念ですね。

Re: タイトルなし

寺巡りが好きな私としては、仏教と哲学の交わりというか表裏一体というか、そのような繋がりの表し方に斬新さを感じました。
いつでも古建築内に入れれば嬉しいのですが、管理費用面から通期公開は難しいのでしょう。
また行きたい公園です。
次は通期いつでも観られる屋外展示をもっとしっかり観ます。
駐車場の関係で1時間と居られなかったため、まだ色々見落としているんです。
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本やメディアで知るも良いけど、やはりこの眼で見なくちゃね。

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