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若い太陽の塔

愛知県犬山市 日本モンキーパーク (2013/08/24)


芸術は爆発だ!
それなりに大人な年齢の方であればこのキャッチフレーズを聞いたことがあるはず。
そう、岡本太郎の言葉。
なぜ爆発なのかなどは彼の著書を読んでいただくとして。。。

で、岡本太郎といえば太陽の塔。
太郎を詳しく知らぬ人でも、大阪万国博覧会のメインモニュメント「太陽の塔」を知らぬ人はそう居ないものと言い切れる知名度があるはず。
万博のテーマは「人類の進歩と調和」、太郎は万博のテーマプロデューサーを引き受けておきながら「人類は進歩なんかしていない。いまの人間にラスコーの壁画が描けるか。調和? 皆が互いの顔を立てて60点で満足する調和なんて卑しい」と吐き捨てた。
その言葉の末に生まれ出たのが太陽の塔。
大阪万国博覧会のメインモニュメントとして1970年に作成された太陽の塔は、現在の万博公園で一人気を吐いて立ち続けている。

さて、その太陽の塔の試作品とも言われる塔が、愛知県は犬山市の日本モンキーパークにある。
製作年は1969年、太陽の塔の1年前。
その名を「若い太陽の塔」という。
2003年頃を最後に老朽化の理由から近づけない状態となっていたが、2010年の太郎生誕100周年、日本モンキーセンター開設50周年、この二つの節目に合わせて限定公開。
その後本格的な修復を経て今では通常公開されている。
そんな若い太陽の塔を見に来たというわけ。

日本モンキーパークはサル園と遊園地に大別される造りで、遊園地側から入園し石段を上るとすぐに若い太陽の塔への案内が現れる。
吸い込まれるようによく整備された遊歩道へ足を進める。
遊歩道の写真は撮り損ねた。。。
DSC00956_R.jpg

遊歩道入口から徒歩5分とあるが、実際には歩いて3分ほどで塔へたどり着く。
鬱蒼とした木々のトンネルを歩くので蒸し暑くもあったが、視界がぱっと広がり心地よい風が吹いていた。
DSC00958_R.jpg

念願のご対面。
この塔が育って太陽の塔になるのだ。
この時点ではまだ顔は一つ。
DSC00969_R.jpg

見ての通り、塔中央部には螺旋階段が走っている。
この階段を登れば塔中段部の展望エリアに上がれる。
DSC02076_R.jpg

展望エリアから顔を見上げる。
まさしく太郎の子、である。
塔横にあるプレートには、こうあった。
「"若い太陽"
ひろびろとした丘の上に
"若い太陽"が生まれる
日に日に新しく生れ変る
われわれの生命の象徴(シンボル)
金色に輝く顔はおおらかに
バイタリティを放射する
赤 青 緑の粧いは
濃い青春の彩である
岡本太郎」
DSC02078_R.jpg

顔を裏側からみるとこんな感じ。
塔の伸びやかな体がよく見える。
DSC00970_R.jpg

展望エリアからは犬山の景色が良く見えて、先ほどよりさらに気持ちの良い風が吹き抜ける。
目下の方向に目をやると、何かの遺構と思われるコンクリート建造物のあとが。
DSC00971_R.jpg
DSC00972_R.jpg

ほら、これですよ。
昔はケーブルカーなどでここまで登ってくることができたらしい。
今ではコンクリートの基盤が残るのみで、それがロープウェイだったのかケーブルカーだったのか、見る限りではわからなかった。
DSC02077_R.jpg

若い太陽の塔の存在を存分に楽しんだあと、園内をゆっくり散策。
さまざまなものがさまざまな理由から廃止されたりしているらしく、少しさみしくも感じた。
入園者数は決して少なくないのだが。
以下、写真いろいろ。
DSC00976_R.jpg
DSC00977_R.jpg
DSC02090_R.jpg

日本モンキーパーク、親子連れには特に楽しめる空間だった。
楽しんで園を出たあとも、太陽は人々を熱く見つめていた。
DSC02100_R.jpg



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tag : 岡本太郎 日本モンキーパーク 遊園地 アート 太陽の塔 若い太陽の塔

二ツ小屋隧道

旧国道13号線 二ツ小屋隧道 (2006/07/08)

福島と山形の県境にね、
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国道13号線という主要国道が走っててさ、

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県境周辺を長大な隧道2本で抜けるんだけど、

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ここにね、

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凄い旧道があったりするらしく行ってみたんだよね。

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さて、地図にあらわされているv字型の道、左右はトンネルとなっていますね。
右が東栗子トンネル、左が西栗子トンネル。
一般道となる国道13号線の長いトンネルで、東栗子トンネルの福島側坑口の前に立つ。
現道の主要国道であるのは伊達ではない。
ひっきりなしに車の出入りがある。
そのすぐ横にある傾斜小道、ここからレッツゴー。
P1010290_R.jpg
P1010291_R.jpg

今でも車の出入りがあるらしく、2列の轍が続く。
この轍に沿って歩けば間違いない。
途中、小ぶりの鉄塔に気づく。
ここは過去、スキー場であったらしい。
廃スキー場である。
そんな傾斜。
鉄塔だけがそれを物語る。
P1010292_R.jpg
P1010293_R.jpg

黙々と歩く。
とあるところからこのような石垣が。
この石垣が確認できたところから国道13号線の旧道となる。
国道も2ケタであらわされるものは一般に一級国道。
一級国道という言い方はすでに廃止されているものの、道の重要度を表す上では未だ使用される言い回し。
P1010294_R.jpg

ほらね、傾斜のきつい山を縫うように走る道、この道幅はさすが一級国道。
左右から内に木が伸びているから道幅は感じづらいけど、この木がなかったらどうかということ。
十分に対向通行できる道幅でしょう。
P1010295_R.jpg

先ほどの東栗子トンネル坑口から歩き出して30分ほど。
7月ということもあり景色はあまり変わらない。
緑色の波長を発する植物が常に歩くものを取り囲む。
蒸し暑い。
石垣もずっと続いている。
P1010296_R.jpg
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P1010298_R.jpg

この景色もいい加減に飽きてきたな、と思いつつ歩みを進める。
その時、ちょいとしたカーブを曲がる。
曲がった途端これである。
どーん!!!
P1010299_R.jpg

言葉もない。
圧倒的な威圧感を持つ石組みの坑口。
時代的には最大級の坑口断面をもつ二ツ小屋隧道のお出まし。
今の技術をもってすれば大したトンネルではない。
しかし100年前後の昔にこれだけのトンネルを突く、大事業であったと同時に最新の技術が投入され作られたものだろう。
コンクリートもまだ実用となっていない時代、石でがっちりと組まれている。
美しすぎる。
人が手間暇掛けて作り出すものの美しさ、息をのんで立ち尽くす。
扁額には昭和九年とあるが、これは改修時の年号。
隧道自体は明治時代から存在するものだ。
P1010300_R.jpg
P1010302_R.jpg

入洞する。
内部はコンクリートで巻きたてられており、これは晩年の補修跡であろう。
当初は総石組みの内部であったものと想像される。
今では完全に廃道扱いとなる旧国道13号線、メンテナンスなどももちろん行われないため、内部は出水箇所が多く気を抜いて歩いていると首筋に水が当たり背筋が伸びる。
隧道延長は400m弱、この道は一時定期的にバスも走る道であった。
この道幅があればバスと乗用車との離合は隧道内で行えたのではないか。
P1010303_R.jpg
P1010304_R.jpg

管理補修がないだけあって、このように部分崩落している箇所もある。
この隧道もそれほど余命が残っているわけではなさそうだ。
それでもまだこのように人を通す。(危険ですからね、ふざけ半分で行ってはダメ)
出口側の坑口は崩落が激しく、滝のように水が流れ込んでいた。
路面も一面水浸しでスニーカーで出向いた身としてはかなり厳しい状況。
出口付近を撮った写真で左上から水が大量に流れ込んでいる様が見える。
道端に置かれている材木を足場にそろりそろりと歩いて通過完了。
P1010305_R.jpg
P1010306_R.jpg
P1010314_R.jpg
P1010313_R.jpg

反対側の坑口での写真。
先ほどの坑口とはまた違う雰囲気で面白い。
P1010311_R.jpg
P1010312_R.jpg

このまま進むと太平集落跡を抜けて、コンクリート製の古い橋を渡り栗子隧道へとたどり着く。
この日は時間がなくこれ以上の訪問は無理だったが、栗子隧道へは折を見て訪れてみたい。
栗子隧道そのものは内部崩落で通行不能だが。。。
プロフィール

nkmrng

Author:nkmrng
本やメディアで知るも良いけど、やはりこの眼で見なくちゃね。

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